早く死んでレスラーになりたい。

早く死んで、(生まれ変わってプロ)レスラーになりたいということです。大丈夫です。

おばあさん

  喫茶店でネタ考えてたら、おばあさんに話しかけられた。顔はしわしわで、目がもう真っ黒のビーズみたいのがふたつぶになってるおばあさん。小さい。全体としてすごく小さい。長く生きてるからこそたどり着くタイプの小ささ。紫のこれまた小さい帽子を小綺麗にちょこんとかぶっていて、にこにこしながら丁寧に話しかけてきた。

 

  聞くと、持ってる携帯電話の蓋についてる小さいランプが点滅してて、消し方を教えてほしいとのことだった。見ると、たしかに何秒かおきに青いランプがチカ、チカと光っている。久しぶりに見るガラケーだった。おおー老人のケータイだ、と頭の中でつぶやきながら「あ、多分メールが届いてるんだと思いますよー」と言ってパカっと開き、懐かしいボタンの並びを眺める。封筒のマークが記してあるボタンを押し、メールの画面に切り替える。1番上のメール、タイトルが「ソフトバンクからの…」の表記しきれてない文字列の横にNEW‼︎と表示されてるのを見て、「これですねー」と知らせながらメールを開くと、先月料金を引き落としできなかった利用者に対して今月の料金引き落としの期日を知らせる内容だった。

 

  もう分からないから解約しようかと思ってるんです…と話しかけてくるのを聞き流しつつ、これこれこういうことだって、と、愛想よく丁寧に会話しようと思ったらなぜか明るめのタメ口になってしまっている自分を感じながら説明する。他人のメールを覗くのはどんな内容だろうと少し緊張する。先月料金を引き落としできなかったのを見ず知らずの人間に知られるのは恥ずかしいだろうなー、と思いながら少し申し訳なくなる。説明したあとにケータイを一旦閉じ、ランプの点滅が消えたのを確認する。引き落としってどうしたらいいんでしょう…と言われ、ソフトバンクショップに行くのをお勧めした。今いる喫茶店の目の前にソフトバンクショップはある。たぶん今日中に行くだろう。

 

  丁寧にお礼を言われ、いえいえと返し、改めて店内を見渡すとたしかに若い人は俺しかいない。そういえばこの喫茶店で俺より若い人は見たことがない。またネタを考えに戻る。しばらくして、スマホのネタ帳に目を落としていると、また同じおばあさんが話しかけてきた。

 

  「先ほどはありがとうございました。あの、お顔を覚えさせていただきましたので、今度お見かけいたしましたら、コーヒーでもご馳走させていただきます。」

 

  いえそんな、とんでもないです!解決できたみたいで良かったですよ、と返すと、深く頭を下げておばあさんは出ていった。この喫茶店は頻繁に来るし、ホントにご馳走してもらえるかもなと思いながら見送る。

 

  俺はお笑いの台本は全てスマホのメモに書いている。つまり自分の仕事、飯のタネになるものを全てスマホで作り出しているということで、完全になくてはならないものだ。その他にも、人との連絡、スケジュール管理、楽しいこと、見たいもの聞きたいもの食べたいもの、全てスマホを触ることがどこかに深く関わっている。みんなもそうだろう。だからめちゃくちゃ使いこなしている。

 

  かたやおばあさんは未だにガラケーのランプの点滅の原因がわからない。メールの見方も分からない。電話が来たらとるくらいのことはできるだろうが、自分からかけたりはできないだろう。機能は全て説明されてるだろうが、わからないまま契約したのだろう。今日ソフトバンクショップに行ったあともきっとよくわからないままだろう。ガラケーの時代からすでに取り残されていて、スマホなんか触っていいよと言われてもどこを触っていいかわからないくらいわからないだろう。

 

  だけどおばあさんは店を出る時、親切にしてくれた人の顔を覚えて、次に会った時にコーヒーをおごることはできる。おそらくできる。俺はどうだろうか。こりゃ一体なんだろうか。

 

  未来になったら、俺もあのおばあさんになっている。全く分からない未来の機械の、その前のバージョンの機械を持ってて、その使い方がわからず、喫茶店で少し離れた席に座っている若者に話しかけてどうすればいいか聞く。おそらく口で話しかけることは時代遅れになってるだろう。歩いて距離を近づくことすら時代遅れになってるだろう。自分の足の筋肉を使って立ち上がった時点で若者はちょっと驚いてこっちを見てるかもしれない。

 

  使い方をきいて、教えてもらう。未来でも親切は親切だから、親切に教えてくれるだろう。お礼を言って、席に戻り、店を出る時に立ち上がって、二回も足で立ち上がったでコイツ、久しぶりに直立二回も見たわ、と驚かれながらお礼を言って、顔を覚えたから今度会ったらコーヒー奢りますと伝えて、店を出る。

 

  若者は「覚えるって、まだ脳みそ使ってて老人は大変だなー」と思いながらネタ帳に理科室の天秤がカラーコーンの重さを測ってる写真を貼り、「おいっ!」と声を吹き込む。未来のお笑いは画像になっていて、俺はソフトバンクショップに行くんです。

 

  その時の俺、もう80年くらいソフトバンク使い続けてる。