早く死んでレスラーになりたい。

早く死んで、(生まれ変わってプロ)レスラーになりたいということです。大丈夫です。

ジ・アンダーテイカーの引退に寄せて①

 2004年、中学に入りたての頃のこと。両親が家にケーブルテレビを導入した。それまでの我が家のテレビのチャンネルの数は一気に数倍に膨れ上がり、MTVやアニマックスやカートゥーンネットワークやFOXやムービープラス日本映画専門チャンネルを見ることができるようになった。今思うと革命的な出来事だった。外国の番組を家で見ることができたり、24時間アニメや映画をぶっ通しで放送するチャンネルがあるなんて知らなかったからだ。

 

 それからはとにかく家に帰ればケーブルテレビを見まくり、お笑いどころか地上波の番組もほとんど見てなかったと思う。バレット・フォー・マイ・バレンタインやマイケミカルロマンスのPV、ドラゴンボールパワーパフガールズ、デスパレードな妻たち、LOST、ベーリング海の一攫千金、七人の侍などなど、あの頃の我が家のテレビは12チャンネルの外で輝いていた。テレビっ子ではなかった自分が、初めてエンタメを意識して吸収し始めた時期だった。

 

 ある日、なんの気もなしにチャンネルをザッピングしていると、それまで意識したこともなかったスポーツのチャンネルの画面に目が止まった。

 

 そこには、見たこともないような大きなスタジアム型の会場に満員の客。一人一人思い思いの英語の言葉の書かれたボードを掲げ、口々になにか叫んだりして盛り上がっている。会場の中心には四角いリングが置かれ、真っ白なマットの四方に真っ青なロープが張られている。そのまた中心で、1人の大柄なアメリカ人がマイクを片手に大声で喋っている。異様だったのはそのアメリカ人の姿だ。スーツにテンガロンハットをかぶっているところまではいいが、全身にギプスをはめ、首にはコルセットを巻き、松葉杖をついている。喋っている言葉に字幕はついているが、なんのことを言っているのかは要領を得ない。どうやら観客になにかを強く訴えかけている。男の顔は悲しそうで、哀れだった。どうやらこの男の身になにか酷いことがあって、大怪我をしたらしい。

 

 リングがあることから、格闘技かなにかのイベントが行われていることはなんとなく想像がついた。プライドやK-1が全盛の時代に小学生だった自分は、生身の人間の暴力が嫌で全く格闘技に触れてこなかったので見るのをやめようかとも思ったが、しかしそれよりも、喋り続ける男の姿と声が哀れすぎて、なんだか目が離せなくなってきていた。どうやらギプスの男が喋り終え、ほっとした表情を浮かべたその時、

 

ゴオォォォォン…、

 

 重々しい鐘の音が鳴り響き、会場が暗転した。その瞬間、男の顔が恐怖に歪む。

 

 リングの向こう側、花道を挟んで大規模なセットが組まれた入場口から、巨大な男が現れた。真っ黒い革のコートに、真っ黒いグローブをはめ、被っているどこまでもつばの広いハットもまた黒。鐘の音と共に流れ始めた重々しい葬送行進曲に合わせ、ゆっっ…っっくりとリングへ向かって歩みを進める。顔は全くの無表情で、なんの感情も読み取れない。しかしなにか完全に恐ろしいことが起きていることは理解できる。その証拠に、ギプスの男はパニックを起こし、リングに近づいてくる黒ずくめの男から逃れようとして右往左往している。そのうちギプスの男はリングから転げ落ち、恐怖に叫びながら客席のフェンスを乗り越えて必死に逃げていった。黒ずくめの男は、誰もいなくなったリングに立ち、相変わらずなんの表情も浮かべずに、じっと逃げていくギプスの男を見つめている。

 

 どう考えてもギプスの男に怪我をさせたのはこの黒ずくめの男だった。ただ現れただけで相手を恐怖のどん底に陥れ、そしてそのままただ去っていく。更に異様に映ったのは満員の観客たちだ。この、相手の全身にギプスをはめさせるほどの大怪我をさせた黒ずくめの巨人に、みんな大声援を送っているのだ。逃げた男に更に暴力を振るうよう煽っているようにも見える。異常者の集まりにしか見えなかった。俺はこの黒ずくめの男と、ついでにアメリカ人全員が大嫌いになった。チャンネルを変え、見てはいけないものを見て落ち込んだ気分になりながら、格闘技ってのはやっぱり嫌な世界だと思ったのをはっきりと覚えている。重く暗い鐘の音だけ頭から離れない。

 

 それが、俺の人生初めての、プロレスと、過去・現在・未来において最大最高のプロレスラーである地獄の墓掘人、ジ・アンダーテイカーとの出会いだった。

 

 

https://youtu.be/Bwrov6d-M7E 

その時の映像。